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長崎駅より徒歩3分!ゆとりのある長崎観光をお約束する立地条件と、安らぎの空間づくりが自慢のホテルです。
ランチ・ディナーなど御食事のみのご利用も承ります。

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■見る・遊ぶ■ 長崎市の観光案内

 
勝海舟ゆかりの地めぐり
当館の建つこの場所には、長崎に赴任していた勝海舟の宿舎がありました。
それにちなみ、ゆかりの深い場所のご案内。
勝海舟眷恋の坂 当館から現在の西坂町に掛る数多い坂の一つは当時、小谷野クマという評判の美人を意中の女としていた海舟の隠れたロマンスを生み出す舞台となった歴史を残しています。
本蓮寺 「勝海舟寓居の地」という石碑があります。
その他、シーボルトの妻子お滝とおイネが投宿した寺としても知られています。
海軍伝習所跡 現在の長崎県庁にあります。
海軍伝習所とは、幕末の黒船来航により海軍力の強化を計ろうとした幕府が設立した学問所で、勝海舟、榎本武揚といった人材を多数排出しています。
 
長崎の七不思議めぐり
長崎の地名や名所には、どうして名づけられたのか…
不思議に思われるものが多く見られます。
そんな疑問を歌った民謡が「長崎七不思議」です。
七不思議めぐり・・・というのも面白いかもしれませんね。
寺もないのに大徳寺
平地なところ丸山と
古いお宮を若宮と
桜もないのに桜馬場
北にあるのを西山と
大波止に玉はあれども大砲なし
シャンと立ったる松の木を
下(さが)り松とは
寺もないのに大徳寺 県指定天然記念物になっている大きなクスノキがあります。
大徳寺という寺はもうありませんが、大徳寺の大クスとして親しまれています。
また、昔ながらの製法で現在も地域の人々に親しまれる味を受け継いでいる梅ケ枝焼餅の専門店もあります。
平地なところ丸山と 「丸山」は、最初は「太夫町」でしたが、寛永19年(1642)に遊女屋を集めて寄合町が誕生した際、隣の太夫町を丸山町と改称したそうです。
その由来は、緩やかな傾斜の地形からと言われるほか、平戸の丸山という所に遊女屋があったことから、長崎でも「丸山」になったという説もあるそうです。
古いお宮を若宮と 「若宮」とは伊良林にある若宮稲荷神社のこと。
延宝元年(1673)に楠木正成が信奉していた若宮稲荷大明神を奉じて祭られており、330年の歴史があります。
秋祭り(10月14、15日)の「竹ん芸」で有名です。
近くに「亀山社中」があり、坂本竜馬たちが参拝したので「勤王稲荷」の名もあります。
桜もないのに桜馬場 「桜馬場」は長崎街道の始点で知られています。
長崎開港のころは長崎氏の馬場が置かれ、桜の木が植えられていたことからこの地名となったそうです。
北にあるのを西山と 「西山」は、現在は市の中心部から見ると北にありますが、長崎開港のころの中心地、長崎氏の居城(今の夫婦川町「城の古址」)から見ると西に位置するところから「西山」の地名になったといわれています。
大波止に玉はあれども大砲なし 大波止の港に直径56cm、重量560kgもある大きな球があります。この球は、島原の乱で原城を攻撃するために、長崎で鋳造されたものだと言い伝えられています。
しかし、この球は結局使われる事はなく、大波止に置かれています。
シャンと立ったる松の木を下(さが)り松とは 「下り松」は大浦湾入り口の崖の上に生えていた数本の松の事。
枝先は海面近くまで垂れ下がり、景勝の地として市民に親しまれましたが、居留地造成で埋め立てられ、町名も「下り松町」と名付けられました。
その後、「下り松」では縁起がよくないと、明治11年(1878)に「松ヶ枝町」に、昭和48年(1973)に現在の「松が枝町」となりました。
 


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